ひかりの変わらない日々

ひかりの聞きたいことあれこれ

なぜ山川が楽しくなくなったのか

今まで知らなかった山川の新事実♪

6月15日 浜町公園

 
 
山川ひかるさん
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
カジュアル系でも綺麗なひかるちゃんでした
 
 
 
 
 
 
 
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日本を蝕む「山川」

にごり江のすまむことこそ難からめいかでほのかに影をだに見む

【通釈】濁り江だから、澄むことは難しいのでしょう。なんとか水面に映ったあなたの影だけでも、ほのかに見たい。

返し

すむことのかたかるべきに濁り江のこひぢに影のぬれぬべらなり(伊勢集)

【通釈】おっしゃるように、すむことは難しいのでしょう。それで、泥水に映った私の影は濡れている様子です。

【補記】男から歌を贈って来た。「すむ」に「住む」(女の家に通う意)を掛け、通うことは許されないまでも、一目逢いたい、と言って来たのである。対して伊勢の答えた歌。「こひぢ」(泥水)に「恋路」を掛けて、「あなたの逢いたがっている私は、この辛い恋に泣き濡れています」と言い遣った。当意即妙、しかも情の籠った返歌。

【補記】玉葉集には「題しらず」として次のように載る。
すむ人のかたかるべきに濁り江は恋路にかげもみえぬなりけり

人の返り事せざりければ、かへでを折りて、時雨のする日

ことのはのうつろふだにもあるものをいとど時雨のふりまさるらむ(伊勢集)

【通釈】ただでさえ楓の葉がうつろうのに、さらに時雨が激しさを増して降るのだろうか。

【語釈】◇ことのは 男の手紙の意に、楓の「葉」をかける。◇うつろふ 楓の葉が紅葉したことに掛けて、男の手紙が来なくなったこと、すなわち男が心変わりをしたことを言う。◇時雨 涙を暗示。

【他出】新古今集に入集。詞書は「題しらず」。

【参考歌】「古今集
今はとて我が身しぐれにふりぬれば言の葉さへにうつろひにけり

人に忘られたりと聞く女のもとにつかはしける   よみ人しらず

世の中はいかにやいかに風のおとをきくにも今は物やかなしき

【通釈】どうお過ごしですか。お二人の仲は、いかがなりましたこと。吹きつのる風の音を聞くにつけても、今は物悲しいのでは。

返し

世の中はいさともいさや風のおとは秋に秋そふ心地こそすれ(後撰1293)

【通釈】二人の仲は、さあ、どうでしょうか。風の音は秋に秋が添う心地がしますけれど。

【補記】伊勢が男に捨てられたと噂を聞きつけて、知合いが歌を贈って来たのに対し、伊勢が返した。「秋」に「飽き」(男に飽きられる意)を掛け、「おっしゃる通り、物悲しい気持で過ごしています」と答えたのである。親しい女友達とのやりとりであろう。『伊勢集』では立場が逆になっていて、友達が悩んでいることを聞いて挨拶の歌を贈ったのは伊勢であり、それに相手が答えたことになっている。拾遺集雑恋では伊勢の歌が読人不知として載っている。

題しらず (二首)

みくまのの浦よりをちに漕ぐ舟の我をばよそにへだてつるかな(新古1048)

【通釈】熊野の浦を遠く離れて漕いでゆく舟のように、あの人は私を他人として隔ててしまったのだ。

【補記】「みくまのの浦」は紀伊国の歌枕。今の熊野市から新宮市にかけて、弓なりの長大な海岸線を形成する。万葉集には「み熊野の浦の浜木綿」を詠んだ歌がある(4-496)。なおこの歌は『伊勢集』の古歌集混入部分にあり、伊勢の作とすることは疑問視されている。

【主な派生歌】
なれきつる霞の衣たちわかれ我をばよそにすぐる春かな([新勅撰])
あま小舟我をばよそにみ熊野の浦より遠に遠ざかりつつ([新拾遺])

 

難波潟なにはがたみじかきあしのふしのまも逢はでこの世をすぐしてよとや(新古1049)

【通釈】難波潟――その水辺に生える短い蘆の節の間のような、ほんのわずかの間さえ、あなたと逢わずに、この世をむなしく終えてしまえとおっしゃるのですか。

 
短き蘆の節の間 春先の生えて間もない短い蘆は節も短い。

【語釈】◇難波潟 いまの大阪市中心部あたりには、当時、水深の浅い海や、蘆におおわれた低湿地が広がっていた。その辺を難波潟とか難波江とか呼んだ。◇みじかき蘆の この句までが「ふしのま」を導く序詞。「ふしのまといへばすなはちみじかき心あれども、わきて『みじかき蘆の』とよめるは其みじかきが中のみじかきほどをいはむとてなり」(改観抄)。◇ふしのまも 前の句からの続きとしては「(蘆の)節と節の間も」の意になるが、後の句へのつながりとしては「ほんのわずかな時間も」の意になる。「ふし」には「臥し」が掛かる。◇逢はでこの世を 逢わずにこの世を。「世」は「人生」の意だが、「男女の仲」の意も含む。また「節(よ)」と掛詞になり、「ふし」と共に蘆の縁語。◇すぐしてよとや 過ごしてしまえとおっしゃるのですか。

【補記】この歌は『伊勢集』の古歌集混入部分にあることから、伊勢の作とすることを疑問視する説もある。なお、天理図書館蔵定家等筆本の『伊勢集』では「秋ごろうたて人の物いひけるに」の詞書が付く。

【他出】伊勢集、定家八代抄、詠歌大概、近代秀歌(自筆本)、、歌枕名寄

【主な派生歌】
立ちかへり逢はでこの世を杉のとのたてながらのみくちやはてなん()
難波なる身をつくしてのかひもなし短き蘆の一夜ばかりは([続後拾遺])
あしの屋のかりねの床のふしのまもみじかくあくる夏の夜な夜な()
夏の夜はみじかき蘆のふしの間にいつしかかはる秋の初風()
難波江やうきてものおもふ夏の夜のみじかき蘆のふしのまもなし(〃)
難波江やみじかき蘆のよとともにおつる涙を知る人ぞなき(道珍[遠島歌合])
世世かけていひしにかはる契りゆゑみじかきあしのねをのみぞなく()
つひにさて逢はで此世を過してはたがつれなさの名をか残さむ(洞院公宗母[新続古今])
みるほどはみじかきあしのふしのまもなみに入江のみか月のかげ()

(題欠)

沖つ藻をとらでややまむほのぼのと舟出しことは何によりてぞ(伊勢集)

【通釈】沖の海藻を取らずにやめたりしようか。ほのぼのと明ける頃、船出したのは何ゆえだったのか。

【語釈】◇沖つ藻(も) 沖に生える海藻。これを刈るのは若い女性の仕事であったらしい(【参考歌】)。

【補記】古歌集が混入したと推測される部分にある歌。沖つ藻に寄せて恋の成就の決意を詠んだ歌か。

【校異】『伊勢集』西本願寺本では「うきつつもかくてややまむこぐふねのふなでしこともなにゆゑにぞは」とある。

【参考歌】作者未詳「万葉集」巻七
梶の音ぞほのかにすなる海人をとめ沖つ藻かりに船出すらしも

(題欠)

空蝉のにおく露のがくれてしのびしのびに濡るる袖かな(伊勢集)

【通釈】蝉の羽におく露が木の間に隠れて人に見えないように、自分も人に隠れて忍び忍びに涙に袖を濡らすことよ。

【補記】これも古歌集混入部分にある歌。「空蝉の羽におく露」という美しくも果敢ないものに寄せて、忍ぶ恋の悲しみを詠む。『源氏物語』に空蝉が源氏に返した歌として引かれている。通釈文は『潤一郎訳源氏物語(新々訳)』より借りた。

【他出】源氏物語、物語二百番歌合、源氏物語歌合、風葉集、歌林良材

【主な派生歌】
木がくれて物をおもへば空蝉の羽におく露のきえやかへらん()
あふことも今はむなしき空蝉の羽におく露のきえやはてなん()

物いみじうおもひはべりしころ

わびはつる時さへ物のかなしきはいづこをしのぶ涙なるらむ(伊勢集)

【通釈】くよくよと悩んで疲れ切ってしまった時でさえ、何となく心が悲しいのは、どの人を偲んで流す涙ゆえなのだろうか。

【語釈】◇いづこをしのぶ涙なるらむ どこ(の人)を偲んで流す涙ゆえなのだろうか。「しのぶ」は「恋い慕う・思慕する」ほどの意。「涙なるらむ」は、涙を流す理由をさぐる気持で言う。

【他出】古今集813には読人不知の歌として載る。また後撰集936には伊勢の作とするが、詞書は「男の忘れ侍りにければ」、結句は「心なるらむ」となっている。

物思ひけるころ、ものへまかりけるみちに野火のもえけるをみてよめる

冬がれの野べとわが身をおもひせばもえても春を待たましものを(古今791)

【通釈】我が身を冬枯れの野辺と思うことができるなら、このように恋の苦しさに焼かれながらも、新しい草が育つ春を待とうものを。

【語釈】◇おもひせば 思ったならば。「せ」はの未然形。接続助詞「ば」と結び付いて、現実にはあり得ない(現実とは正反対の)事態を仮定する。

【補記】恋に悩んでいた頃、どこかへ行く道で、野火を見て詠んだ歌。「野火」は枯草を焼く火で、若芽の生育を促すためのもの。「枯れ」に「離(か)れ」を掛け、「冬枯れの野」は男から忘れられつつある我が身の暗喩となる。「待たましものを」の「まし」は現実に反する仮想を言うときの助辞で、実際には春という喜ばしい季節――新しい恋の暗喩――を待望する気持にはなれない、ということである。

【他出】『伊勢集』には第四句「もえむはるをも」。

題しらず

人知れず絶えなましかば侘びつつも無き名ぞとだに言はましものを(古今810)

【通釈】世間の人に知られることのないままこの恋が終わったのだったら、歎きつつも、事実無根の噂だったとだけでも言おうものを。すでに知られてしまった仲なのだから、そんな言い訳もむなしい。恋人を失った上に、世間の噂の種にまでなってしまうとは…。

題しらず(三首)

年月の行くらむ方もおもほえず秋のはつかに人の見ゆれば(拾遺906)

【通釈】歳月はいつの間に移ってゆくのだろう――その感覚も失っている。秋の果てようかという頃、ほんの僅かにあの人に逢ったので。

【補記】秋の終りのはかない逢瀬。その後、季節がいつの間に過ぎてしまったか、その頃合も覚えていない、ということ。「行くらむ方」の「方」は時間的な意味で用い、「頃」「時分」ほどの意。「はつか」は「僅か」の意に「果つか」を掛ける。

 

思ひきやあひ見ぬほどの年月をかぞふばかりにならむものとは(拾遺907)

【通釈】思いもしなかった。逢わなくなってどれ程経ったか、その年月を数えるほどになろうとは。

【補記】後撰集源信明のよく似た歌「思ひきやあひ見ぬことをいつよりとかぞふばかりになさむ物とは」がある。勅撰入集は信明の歌が先になったが、伊勢の方が時代的には先んじる。

 

遥かなる程にもかよふ心かなさりとて人の知らぬものゆゑ(拾遺908)

【通釈】遥かな距離まで通う私の心であるよ。とは言え、あの人は知りもしないのだけれど。

【補記】「遥かなる」はもとより物理的な距離ではない。心が遠く隔たった恋人に、それでも思いを寄せている。「ものゆゑ」はここでは逆接。

題しらず

思ひいづや美濃のを山のひとつ松ちぎりしことはいつも忘れず(新古1408)

【通釈】あなたも思い出すでしょうか。美濃の御山の一つ松――その枝を結んで誓い合ったことは、片時も忘れずにいます。

【語釈】◇思ひいづや 別れた恋人に対して言う。◇美濃のを山 美濃の御山。美濃国一宮、南宮神社の南にある南宮山。山頂に目印になる一本松があったらしい。◇ちぎりしこと 長寿の松によせて、愛情の永続を約束したのである。

【補記】『伊勢集』では結句「またもわすれず」。この歌も古歌集混入部分にある。

【他出】伊勢集、定家八代抄、歌枕名寄

【主な派生歌】
かずならぬみののを山のひとつ松ひとりさめてもかひやなからむ()
いくかへりみののを山のひとつ松ひとつしも身の為ならなくに()
一つ松枝ふりさけて二もととみののを山の雪の夕暮()

哀傷

大和に侍りける母みまかりてのち、かの国へまかると

ひとりゆくことこそ憂けれふるさとの奈良のならびて見し人もなみ(後撰1403)

【通釈】一人で行くことが辛いのです。昔住んでいた奈良――その古京を二人並んで見物した人も今はいないので。

【語釈】◇ふるさと 「古い由緒のある里」「馴染みの里」の両義。◇奈良のならびて 同音反復の技巧。◇ならびて見し人もなみ 二人並んで(奈良の古京を)見物した人もいないので。この「人」は母を指す。

【補記】実家に住んでいた母が亡くなり、大和国へ行く時の作。『伊勢集』では下句「むかしならひてみし人もなく」。

題しらず

ほどもなく誰もおくれぬ世なれども留まるは行くをかなしとぞ見る(後撰1419)

【通釈】遅かれ早かれやがては誰も死んでゆくこの世だけれども、留まる者は逝く者を悲しいと見るのである。

【語釈】◇留(と)まるは行くを この世に留まる者は、あの世へ逝く者を。

【補記】『伊勢集』では詞書「人のはらからなくなりたる、とぶらふとて」などとある。誰かの兄弟が亡くなった時、弔問に詠んだ歌。

【主な派生歌】
思ひとけばとまるは行くをしたふこそはかなきよりもはかなかりけれ()
露わけぬ人もや袖をぬらすらむとまるはゆくををしむ涙に([新葉])

一つがひ侍りける鶴のひとつがなくなりにければ、とまれるがいたく鳴き侍りければ、雨の降り侍りけるに

なく声にそひて涙はのぼらねど雲のうへより雨とふるらむ(後撰1423)

【通釈】[詞書] つがいで飼っていた鶴の片方が死んでしまって、生き残った方がひどく鳴くので、雨が降っていたのに寄せて
[歌] 涙は、鳴き声に添って空へのぼってゆくわけでもないのに、雲の上から雨となって降るのだろうか。

産みたてまつりたりける御子の亡くなりて、又の年時鳥を聞きて

しでの山こえてきつらむ時鳥ほととぎすこひしき人のうへかたらなむ(拾遺1307)

【通釈】死出の山を越えてやって来たのだろうか。ほととぎすよ、恋しい我が子の身の上を語ってほしい。

【語釈】◇御子(みこ) 宇多天皇との間の子。五歳で亡くなった。◇又の年 翌年。◇しでの山 冥土へ行く時、死者が越えるとされた山。郭公は冥土からこの山を越えて飛んで来ると考えられた。◇こひしき人のうへ 「人」は亡き我が子をさす。冥土で亡き子がいかに過ごしているかを語ってほしい、ということ。

【主な派生歌】
わがせこがうへかたらなむ都鳥さこそむかしの人もとひけれ()
時鳥はな橘の枝にゐてむかしの人のうへかたらなむ()
しでの山おくりやきつる郭公魂(たま)まつる夜の空に鳴くなり()

七条の后うせたまひにけるのちによみける

沖つ浪 荒れのみまさる 宮の内は 年へて住みし 伊勢のあまも 舟流したる 心地して 寄らむかたなく かなしきに 涙の色の くれなゐは 我らがなかの 時雨にて 秋のもみぢと 人々は おのがちりぢり わかれなば たのむかげなく なりはてて とまるものとは 花すすき 君なき庭に むれたちて 空をまねかば 初雁の なき渡りつつ よそにこそ見め(古今1006)

【通釈】沖の浪が荒いように、荒れてゆくばかりの宮殿の内では、長年住んだ伊勢の海女とも言うべき賤しい私も、舟を流して失ったような心地がして、寄る辺もなく悲しくて――涙の色の紅は、私たちの間に降る時雨のようで、雨に色を増す秋のもみじ葉のように、人々は散り散りに別れてしまったなら、寄りすがる木陰がないように、頼りとする人もなくなってしまって、ここに留まるものと言えば、花薄ばかりが、あるじのいない庭に、群がり立っていて、空を招くように揺れると、空には初雁が鳴いて渡りながら何処かよそへと去ってゆく――そのように私も、これからはよそながら御殿を拝見するのでしょう。

【補記】延喜七年(907)、長年仕えた藤原温子が亡くなった時の歌。前半は「沖つ浪」「あま」「舟」「かた(潟)」と海の縁語を織り込み、後半は「もみぢ」「ちりぢり」「かげ」など木の縁語を織り込んでいる。『古今和歌六帖』などにも伊勢の作として見える。

みかどの御国忌に

花すすき呼子鳥にもあらねども昔恋しきねをぞなきぬる(伊勢集)

【通釈】呼子鳥ではないけれども、昔を恋しさに声あげて泣いているのです。

【語釈】◇みかど 宇多法皇醍醐天皇両説ある。◇花すすき 穂の出た薄のことだが、ここでは「呼ぶ」を導く枕詞。風に靡く様が人を招いているように見えることから。呼子(よぶこどり) 鳴き声が人を呼んでいるように聞える鳥。カッコウかと言う。

五条内侍のかみの賀、民部卿清貫し侍りける時、屏風に

大空に群れたるたづのさしながら思ふ心のありげなるかな(拾遺284)

【通釈】大空に群らがっている無心の鶴も、一つの方向を指しながら飛んでゆく――さながら彼らにも長寿を祝う心があるかのようだ。

【語釈】◇たづ 鶴。長寿のめでたい鳥。◇さしながら 然しながら。さながら。「指しながら」の掛詞か。◇思ふ心のありげなるかな 無心であるはずの鶴に祝賀の心があるかのように見ている。

【補記】延喜十三年(913)、五条尚侍ないしのかみすなわち藤原満子(北家高藤の娘)の四十賀を、民部卿清貫きよつら藤原南家)が催した時、屏風絵のために作った歌。『伊勢集』によれば画題は「たづむれて雲にあそぶところ」。

【他出】伊勢集、古今和歌六帖、和漢朗詠集、定家八代抄、歌林良材

からさき

浪の花おきからさきて散りくめり水の春とは風やなるらむ(古今459)

【通釈】浪の花は沖から咲いて散って来るようだ。水の上の春とは、風がそうなるのだろうか。

【語釈】◇からさき 志賀の唐崎。滋賀県大津市唐崎。琵琶湖の西岸。◇浪の花 白い波頭を花に喩える。◇散りくめり 散ってくるようだ。波しぶきを花の散るさまに喩える。◇水の春 水上の春。水にも四季があると見做した。◇風やなるらむ 風が(水の春と)なるのだろうか。波を起こす風が湖上の春をなした、と見る。

【補記】第二句「沖から咲きて」に地名「唐崎」を詠み込んだ物名歌。

龍門にまうでて、滝のもとにてよめる

たちぬはぬきぬきし人もなきものをなに山姫の布さらすらむ(古今926)

【通釈】裁ちも縫いもしない衣を着た仙人もいないのに、なぜ山の女神は布をさらすのだろうか。

【語釈】◇龍門 吉野竜門岳の中腹にあった寺。寺跡の近くには、数段に別れて流れ落ちる龍門の滝がある。◇たちぬはぬ衣 仙人や仙女の衣服を言う漢語「無縫天衣」に由る。◇山姫 山をつかさどる女神。◇布さらすらむ 滝の流れ落ちる様を白布に喩えて言う。

【主な派生歌】
むかしべやなに山ひめのぬのさらすあとふりまがへつもるはつ雪()
たちぬはぬもみぢの衣そめはててなに山ひめの布びきの滝()
たちぬはぬ霞の衣春きては花のにしきをおりかさねつつ([新千載])
たちぬはぬたがいにしへの衣とてなほ布さらす谷の卯の花()
秋の色のかぎりと見るもかなしきになに山姫の木の葉そむらん()

賀茂に詣でて侍りける男の見侍りて、「今はな隠れそ、いとよく見てき」と言ひおこせて侍りければ

そらめをぞ君はみたらし川の水あさしやふかしそれは我かは(拾遺534)

【通釈】あなたは見間違いをなさったようです。御手洗川の水は浅いのか深いのか。あなたの見たとおっしゃるのは本当に私でしょうか。

糺の森流れる御手洗川

【語釈】◇みたらし川 下鴨神社の御手洗川(通称「瀬見の小川」の上流)か。「見たらし(見たるらし)」の意が掛かる。

【補記】賀茂詣の時に出遭った男が、伊勢をじろじろと見ていた。その後、「もう隠れたりなさるな。お顔はじっくりと拝見しましたよ」と手紙を寄越してきた。この愛想も風流もない物言いを、伊勢は怒る様子もなく軽妙にはぐらかす。賀茂神社流れる御手洗川にかけて「空目を見たらし」と洒落たのである。「あさしやふかし」は川の縁語として言っているので、大した意味はない。強いて附会すれば、私は用心深いから、たやすく人目に触れたりなどしませんよ、ということか。いかにも相手の心浅さをからかう調子が出ている。

今は道に出でて、越部といふ所に宿りぬ。かの御寺のあはれなりしを思ひ出でて

みもはてず空に消えなでかぎりなく厭ふ憂き世に身のかへりくる(伊勢集)

と一人ごちて、袖もしぼるばかりに泣きぬらしけり。

【通釈】趣ある寺を見尽くしもせず、この身を捨て果てもせず、仙人のように空に消え去りもしないで、限りなく厭うこの現世に我が身は帰って来てしまった。

【語釈】◇越部(こしべ) 奈良県吉野郡大淀町吉野川沿いの地。伊勢は龍門寺参詣の帰路、ここに宿りを取った。◇かの御寺 吉野の龍門寺。◇みもはてず 「見も果てず」「身も果てず」の掛詞。◇空に消えなで 久米仙人で知られる龍門寺に掛けてこのように言った。◇身のかへりくる 出家しなかった後悔の気持。

桂に侍りける時に、七条の中宮のとはせたまへりける御返り事にたてまつれりける

久方の中におひたる里なれば光をのみぞたのむべらなる(古今968)

【通釈】月の中に桂が生えているという伝説に因む桂の里ですので、皇后様に喩えられる月の光の御恵みばかりを頼りにするようでございます。

【通釈】月の中に桂が生えているという伝説に因む桂の里ですので、皇后様に喩えられる月の光の御恵みばかりを頼りにするようでございます。

【語釈】◇久方の中におひたる里 「久方の」は月の枕詞を転用して「月の」の意としたもの。月の中に桂の樹が生えているという中国の伝説に由り、桂の里をこう呼んだ。また月は后の暗喩でもある。◇光 月光により中宮の威光・恩恵を暗示している。

【補説】伊勢が桂の里(京都市西京区桂川西岸の地)にいた時、七条中宮宇多天皇女御、のち皇太夫人となった藤原温子)から手紙を貰い、返事として詠んだという歌。「伊勢は宇多天皇の御子を産みその御子を桂の宮に置いて中宮温子に仕えた」(新古典大系注)。

長恨歌の屏風を、亭子院のみかど描かせたまひて、その所々詠ませたまひける、みかどの御になして(二首)

もみぢ葉に色みえわかずちる物はもの思ふ秋の涙なりけり(伊勢集)

【通釈】紅葉した葉と色が区別できずに散るものは、物思いに耽る私の秋の涙であったよ。

 

かくばかりおつる涙のつつまれば雲のたよりに見せましものを(伊勢集)

【通釈】このほどまで流れ落ちる涙が包めるものなら、雲の上への便りに贈って見せるだろうに。

【補記】宇多院が絵師に描かせた長恨歌の屏風に、所々の場面にあわせて詠んだ十首のうち最初の二首。「みかどの御になして」は、伊勢が宇多院の代作をしたということ。いずれも楊貴妃の死を悲しむ玄宗皇帝の立場で詠んだ歌である。一首目は紅葉を血の涙に見立て、二首目はその涙を包んで送り雲上の楊貴妃に見せたいとの願望。()

亭子のみかどおりゐたまうける秋、弘徽殿の壁に書きつけ侍りける

別るれどあひも惜しまぬももしきを見ざらむことやなにか悲しき(後撰1322)

【通釈】別れても、一緒に惜しんでくれる者などいない宮中ですから、見ることができなくなっても悲しくなどありません。

【補記】寛平九年(897)、宇多天皇の譲位が近づき、宮中を離れることになった際の歌。弘徽殿(こきでん)宇多天皇の女御温子の御所であったが、天皇が御覧になることを予め想定して、その壁に歌を書き付けておいたのである。譲位と共に伊勢の御息所としての立場も解消される運命であった。「あひもをしまぬ」には帝への婉曲な恨みがこもっているようにも聞こえるが、下句に気丈なところを見せているのが却ってあわれ深い。御返しは「身ひとつにあらぬばかりをおしなべてゆきめぐりてもなどか見ざらむ」、別れを惜しむのはそなた一人だけではないぞ。皆が皆、巡り巡って、またいつか再会しようではないか。『大和物語』第一段などにも見える、名高い贈答。

歌召しけるときに、たてまつるとて、よみて奥に書きつけてたてまつりける

山川の音にのみ聞くももしきを身をはやながら見るよしもがな(古今1000)

【通釈】今やお噂に聞くばかりの大宮を、我が身を昔ながらに戻して拝見するすべがほしいものです。

【語釈】◇山川の 山の谷川は水音が高いことから、「音」の。◇身をはやながら 「水脈速ながら」「身を早ながら」の掛詞。水脈は山川の縁で言っているので、作者の真意は後者の方にある。

【補記】宮廷より命ぜられて歌集を献上した時、末尾に書き添えた歌。宇多天皇の代に宮仕えしていた昔に戻って、再び華やかな宮中を拝見したいものです、と感懐を記したもの。古今集巻十八雑歌下の巻末を飾るが、後撰集にも重出している。後撰集の詞書は「むかしあひしりて侍りける人の、内にさぶらひけるがもとにつかはしける」。

【主な派生歌】
おもひ河身をはやながら水の泡のきえてもあはむ浪のまもがな([新勅撰])
くまの川みをはやながらめぐりあはむ音にのみ聞くみづからぞうき()
いかにせむ身をはやながら思ひ川うたかたばかりあるかひもなし(飛鳥井教定[続拾遺])

題しらず

もろともにありし昔を思ひ出でて花見るごとにねこそ泣かるれ(続古今1524)

【通釈】ご一緒しておりました昔を思い出して、桜の花を眺めるたびに声をあげて泣いてしまうのです。

【補記】『伊勢集』の題詞は「宮に」。この「宮」は藤原温子か敦慶親王のいずれかだろうという(和歌文学大系注)。また『伊勢集』では第二句は「をりし」、第五句は「ねぞ泣かれける」。

題しらず

難波なるながらの橋もつくるなり今は我が身をなににたとへむ(古今1051)

【通釈】難波にある長柄の橋も新造すると聞く。今となっては、古びた我が身を何に喩えようか。

【語釈】◇ながらの橋 摂津国の歌枕。淀川の河口付近に架けられていた橋らしい。たびたび壊れて架け替えられたようで、朽ち果てた様子や橋柱のみ残っている様などがよく歌に詠まれた。また「永らえ」と音が重なることもあって、古びたものの喩えとして用いられた。◇つくるなり 新造するとのことだ。「なり」は。「尽くる」と解する説もあり、この場合連体形接続となるので「なり」は、すなわち「尽きるものである」の意となる。元永本・清輔本などは「つくるめり」とする。

【補記】『伊勢集』の詞書は「長柄の橋つくるを聞きて」。また、初句を「つのくにの」として重出している。

【他出】伊勢集、古今和歌六帖、金玉集、三十六人撰、古来風躰抄、俊成三十六人歌合、定家八代抄

【参考歌】「古今集
世の中にふりぬるものは津の国のながらの橋と我となりけり

【主な派生歌】
我ばかり長柄の橋はくちにけりなにはのこともふるる悲しな([後拾遺])
はるかなる大江の橋はつくりけむ人の心ぞ見えわたりける()
人しれず恋ひわたるまに朽ちにけり長柄の橋を又やつくらむ([続古今])
聞きわたる長柄の橋も朽ちにけり身のたぐひなる古き名ぞなき([続拾遺])
かくこそは春まつ梅は咲きにけれたとへむ方もなき我が身かな(源行宗[風雅])
朽ち残る板田の橋もかよふなりたえにし中を何にかけまし(二条満基[新続古今])